これは江戸時代中期の国学者・本居宣長が詠んだ有名な歌です。ここに歌い上げられている日本と日本人の心は、「切ないほど純真で美しく、朝日に匂うすがすがしい山桜のようだ」というものです。
山桜は、里の桜より少し遅れて花を咲かせます。季節の移り変わりを敏感に受け止めながら、人知れない山里の中でも凛として、咲く時節にきちんと従い、散る瞬間をも選ばず、美しい姿と柔らかな薫りを無心のままに漂わせています。
「朝日に匂ふ山桜花」は宣長が歌い上げるまでもなく、美しい日本の風土と日本人の心を余すことなく表現していると言ってもいいと思います。
日本には、日本にしかない、繊細で微妙な四季の変化があります。私達日本人はそれに包まれながら、そこに住まう者としての心構えと環境を季節ごとに整え、四季折々の変化と恵みに支えられて暮らしてきました。
古い時代から、いくら貧しくとも、四季の織りなす大自然の恵みには、およその人々が心から敬服することができました。時として、築き上げた物から愛する者の命まで、容赦なく奪われてしまう天災に怯えながらも、くじけることなく懸命に共生して日々の生活を営んできたのが日本人だったのだと思います。
大いなる自然の変化は天からの戴きものと受け止め、神々に育まれ守られて生きていられるのだと信じてやまない、情緒豊かで精神性のまとまった民族が、日本の長い歴史の中でつくられていきました。
世界でも稀な、日本の素晴らしき風土や環境。そこで暮らすことができた先達は、日本ならではの豊かに感性を育み、大自然に畏敬の念をもって天を拝むという文化を築きました。そうして、この国にはあらゆるものに感謝するという伝統的な心構えが根付いていったのも特筆すべきことです。
自分よりも「人さま」に重きを置くことを大切にして、すべてにおいて自分だけではなく、人と共に磨き合い、助け合い、貧しくとも豊かな心で仲良く暮らすことができた大きな要因がここにあると思います。
一粒の種を撒いたときから、農耕民族ならではの日々の感謝は、延々と隅々まで行きわたります。
天に、お日さまに、雨に、地に、真心を込めて無心に祈り、自らの丹精を誓うのはもちろんのこと、自然の恵みに手を合わせて感謝する心こそ、まさに大和心そのものだと思います。
時代が変わり、文明がどのように進歩発展しようとも、この豊かな風土に育まれてきた大和心が失われるようなことがあってはなりません。それこそが日本人の持つアイデンティティ、つまり自己了解の源であり、日本人の誇るべき心象であるはずだからです。そして、この大和心が賦活されてこそ、この国の家庭に灯がともり、社会に潤いが生まれ、政治にも、教育にもまっとうな活力が戻ってくるものと信じているのです。
『月刊MOKU・りんご白書』より
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